大阪高等裁判所 昭和39年(ネ)558号 判決 1966年1月31日
控訴人被申請人
第一工業製薬労働組合外一名
代理人
前堀政幸
被控訴人申請人
佐藤勝夫外八名
代理人
宇賀神直外三名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人らの本件仮処分申請を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。<以下―省略>
理由
一、控訴組合が訴外第一工業製薬株式会社の従業員を以て組織された労働組合であり、控訴人浜村が控訴組合の中央執行委員会の委員長、被控訴人らが控訴組合の組合員であること、昭和三八年八月三日控訴組合(当時の組合員数は一、一三三名)の組合員四九九名から、組合規約第五四条第三号(「全員投票は組合員の五分の一以上の連名による要求があつた場合に実施する」との規定)に基き控訴組合の解散を議題とする全員投票の実施の要請が控訴組合代議員大会議長島田治利に宛て提出され、島田は規約第五二条(「組合に関する一切の事項に就て全員投票は凡ゆる決議に優先する」との規定)に基き、昭和三八年八月一三日から三日間にわたり会社本社等において、控訴組合解散の是非を問う全員投票を実施し、同月一七日開票を行つたところ、その結果は投票総数一、〇二八票、解散賛成七二八票、解散反対二五四票、白紙三〇票、無効一六票であり、島田は右投票結果が規約第五六条(「全員投票は組合員数の三分の二以上の有効投票数により成立し、組合員数の二分の一以上の賛否により之を決する」との規定)を充足すると判断して控訴組合の解散を宣言したこと、そして規約第六四条により中央執行委員会役員が清算人に、控訴人浜村が代表清算人に各就任したこと、以上の事実は当事者間に争がない。
二、そこで本件全員投票による組合解散の効力について判断する。この点につき被控訴人等は、労働組合法第一〇条第二号は強行規定であるから、本件解散決議の方法として行われた全員投票が同条同号所定の「総会の決議」に該当するか否かを問うまでもなく、右全員投票による解散決議は強行法規違反として無効であると主張するに対し、控訴人等は、右労組法第一〇条第二号は、同条第一号の「規約で定めた解散事由」の定めのない場合の補充規定でかつ任意規定であるから、本件全員投票による解散は同条第一号所定の解散事由に該当し、同条第二号には該当しない(従つて牴触もしない)と反論するので按ずるに、労組法第一〇条第二号が仮りに強行規定であるとしても、その強行性は、総会決議の決議要件として法定多数を要求する点に在るものと解すべきであつて、総会決議又はこれを同視すべき方法による解散に属しない同条所定の解散事由までを制約するものとは解し難いことは勿論であるから、被控訴人等において同条第二号の強行法規性による拘束力を主張する以上は、その対象となる本件全員投票が、同条同号の規定する「総会の決議」又はこれと同視し得べきものに属すること(もしそうでなければ同条同号の強行性が妥当しないこととなる)をその立論の前提とすることを要するものといわねばならない。よつて以下に先ず本件全員投票が、同条同号所定の「総会の決議」又はこれと同視し得べきものに該当するか否かを検討する。
このためには右労組法第一〇条第一号と第二号との関係を(控訴人等主張の同条第二号が第一号の補充規定であるか否かについても)検討することを要するところ、同条とこれに類似する他の諸規定(民法第六八条、商法第九四条、第四〇四条、有限会社法第六九条第一項等)を互に比照考察すれば、労組法第一〇条第一号と第二号とに掲げる各解散事由との間には、原則と例外、原則と補充等の関係はなく、対等、併立的の関係にあることが極めて明白である(例えば、商法第四〇四条は「株主総会の決議」を第二号として別に掲げているが、これは同法第九四条各号に列記された事由のうちの第二号「総社員の同意」を株主の多数性を考慮の上修正して総会決議に改めたものと解され、また民法第六八条において「総会の決議」を第二項第一号に別掲したのは、一般法人のうちの社団法人としての特性から、構成員の意思による解散方法を一般法人の解散事由とは区別して規定したに止まり、それ以上の意味を持たぬものと解される)。従つて労組法第一〇条第二号が同条第一号の補充規定であるとする控訴人等の見解は是認できない。そしてまた前掲諸規定に関連する民法第六九条、商法第四〇五条、有限会社法第六九条第二項等が構成員の意思による解散につき法定多数を要求している点に鑑みると、労組法第一〇条第二号の法定多数の要求もまた同条同号の「総会の決議」が、同条第一号が通例予期する客観性のある特定の事由ではなくて、構成員の自由な意思という主観的なものの多数の集積に外ならないという特性に着眼したものというべきであるから、もし同条同号の規定が強行法規であるとするならば、その規定する法定多数要求の強制的適用は、同条同号に掲げる総会の決議には正確に一致しない構成員の意思集積という方法による解散の決定に対してもまたこれを是認する必要があるものというべく、このことは、右の「総会の決議」以外の構成員の意思集積方法が、特に組合規約で定められ、しかも右の「総会の決議」とは別種の解散事由として挙げられているとしても(即ち、仮りに外形上は、同条第一号の解散事由としての様式を採用しているとしても)、法定多数の要求の強行性という法の趣旨精神より見て、等しく肯定せらるべきであつて、かかる見地よりすれば、本件の全員投票は、控訴組合の組合員の多数の自由な意思の集積方法に外ならないから、同条第二号の強行性がもし是認せられるとすれば、本件全員投票も右の意味において同条同号の「総会の決議」と同視すべきものとして、同条同号の適用下に立つものと解すべきである。従つて本件全員投票が、同条第一号の解散事由に該当し、同条第二号の事由に該当しないものとして、同条第二号の強制的適用がないとする控訴人等の所論は理由がない。次に労組法第一〇条第二号が強行規定であるか任意規定(意思補充規定)であるかにつき判断を進める。
(イ) まず規定の形式より検討するに、同条第二号が第一号と区別して規定せられている点より、第二号を以て第一号の補充規定であるとする控訴人等の見解は採用し難く、右第二号の総会決議は解散事由としては第一号所掲事由と対等なものと解すべきことは、前述した通りである。尤も民法第六九条によれば、その本文には解散決議に要する法定多数を掲げながら、但書において定款に別段の定めあればこれによらない旨を規定しているから、決議要件としての定数に関する限りは、定款に優位を認めるものであり、同条本文の法定数は意思補充的のものであることは否み得ないが、このことは解散決議自体を定款所定の各種の解散事由の補充的事由たらしめるものではない。
(ロ) また労組法第一〇条第二項が民法第六九条の如き但書の規定を有しないこと、即ち右民法の法条との形式的差異は、労組法における「総会の決議」自体を以て補充的解散事由と認めるものでないことは前述した通りであるから、右の但書の有無による差異は、労組法における「総会の決議」の法定要件を、民法第六九条におけるような意思補充的なものと解釈せしめない(即ち強行性のものと認むべき)理由の一つとして認める余地こそあれ、労組法第一〇条第二号における法定数を意思補充的のものとし、同条同号自体を任意規定と解釈すべき根拠としては、何等決定的のものとは為し得ない。
(ハ) 次に実質的見地より検討を加えるに、労働組合の解散につき、労組法第一〇条第二号所定の法定要件に対し、組合規約による変更(特に緩和)的規制を設けることが許されると解すべきか否かについては、労働組合が労働者の経済的地位の向上のために殆ど不可欠ともいい得る程度に重要な手段であること、従つて一旦成立した労働組合の維持を図り、安易な消滅を避ける配慮は、他の通常の組合ないし団体に比し格段に必要であることが首肯されるから、組合規約により解散についての法定要件を緩和、軽減することは、むしろこれを否定することに合理的な理由が存するものというべきである。もとより国民の結社の自由及び勤労者の団結権は憲法で保障されているところであり、従つて労働者は団結(労働組合の結成)の権利と自由を有すると共に、反面団結を解く(労働組合の解散)の自由をも有し、これを尊重することを要することは勿論であるけれども、右労組法の規定する解散の法定要件は、それ自体決して右の自由を剥奪するものでないことは明らかであり、問題はただ労働者の団結を解く自由を、市民法上の結社を解く自由と全く同程度に認める必要があるか否かの点に在るに過ぎない。そして近代法において労働者が団結する権利を認められるに至つたのは、労働者の長年にわたる努力の貴重な結果であり、単なる営利の追求等を目的とした市民法上の結社の権利とは甚だしく異るものであるから、我国憲法並びに労働組合法においても、労働者の地位の向上をはかるため、勤労者の団結権を明文を以て保障しているのであつて、これらの法の精神に鑑みるときは、一旦成立した労働組合の解散については、市民法上の一般社団法人等の解散要件に比して若干の差等を設け、それを構成員各自の意思の全面的自由に委ねることなく、法定要件を定めてその例外的規約を設けることを禁じていると解することは、前述の労働組合保護の精神に徴して公益的見地からも充分合理性を認め得るものと考えられる若し仮りに労組法が組合解散の自由を無制限に認めたもの即ち同法第一〇条第二号が補充規定たり得るに過ぎないと解するならば、組合規約上解散要件の最下限を画すべき基準がなく、単純多数決で以て解散が行われることも是認する外なく、外部的干渉による解散も比較的容易となり、労働者の団結の保護育成、不当労働行為の排除という法の精神に背馳することは明白である(控訴人は、憲法改正の国民投票が過半数の賛否を以て決せられることを根拠として本件規約における全員投票の議決方法の合理性を主張するが、憲法はそれ自体そのままの存続(不改正)を目的とするものではないのに対し、労働組合は前示のとおり一般にそれ自体そのままの存続を目的としなるべく消滅を避けることを希求されているものであるから、この点だけから見ても、右賛否の決定方法につき労働組合の解散と憲法の改正とを同列に論ずることは出来ない。)。また労組法第一〇条第二号を強行規定と解しても、憲法の下部法規たる労組法が労働者の地位向上、労働組合の保護という公共の福祉のために結社を解く自由に一部制約を課したことは、控訴人主張のように、憲法第二一条第一項に牴触するものではない。
そして、実質的見地よりして、労組法第一〇条第二号所定の法定要件に対して、組合規約による軽減、緩和的変更を許すべきでないと考えることにつき合理的理由が見出される以上は、前掲(ロ)の形式的考察即ち同条同号に民法第六九条に見られるような但書の定めが存在しないことは、むしろ右の実質的根拠を支持する有力な形式的理由として、積極的にその価価を認め得るものと考える。
以上の諸点を検討した結果、当裁判所は労組法第一〇条第二号を強行規定と解するを相当とするものである。そして、本件全員投票による解散の決定は、正確には同条同号所掲の「総会の決議」には符合しないけれども、右法条の規定の趣旨に徴して、同じく右法条の規定の適用を受くべき解散事由に該当するものというべきことは、前段説示の通りである。尤も、本件全員投票は、控訴組合の規約第五二条により、控訴組合においては、一切の事項について、あらゆる決議に優先するものであり、これを以て解散をも決定し得べき性質のものであることは控訴人等の自認主張するところであり(控訴人等は労組法第一〇条第二号に強行性を認めると、組合規約第六三条第二号は右法定要件を補充せず、解散は事実上不能となると主張するが、控訴組合の規約の如何により、労組法の解釈を左右し得ないことはいう迄もないから、右主張は理由がない)、むしろ被控訴人等においてこの点に疑義を懐いており(被控訴人等の予備的主張参照)、本件全員投票は、本来これを以て解散決定を為し得ないもの(解散は代議員大会の専決事項であるとの理由により)、又は、解散の決定を為し得るとしても、議決機関たる代議員大会が一旦為した意思決定の確認又は否認の場合に限定せられるものであるとの理由で、本件全員投票が労組法第一〇条第二号の適用の対象になることにつき、一応の疑念がない訳でもないので、以下この点につき判断を加える。
成立に争ない疏明によると、控訴組合規約第七章機関第一款代議員大会に関する規定第三八条、代議員大会の議決を要する事項として「組合の解散」が掲げられ、また第一二章解散の章下第六二条に「組合は下の事由の一に該当する場合に解散する。(一)第一工業製薬株式会社が解散した時(二)代議員大会で四分の三以上の支持を得て解散を決議した時」と規定せられているから、会社解散の場合のほか組合の解散は原則として代議員大会の決議によるものとされていること明らかである。しかしながら他方同規約第一〇章全員投票の章下第五二条には、「組合に関する一切の事項に就て全員投票は凡ゆる決議に優先する」と規定せられ、続く第五三条ないし五五条において全員投票の手続が規定され、第五六条において「全員投票は組合員数の三分の二以上の有効投票数により成立し、組合員数の二分の一以上の賛否によりこれを決する」旨規定せられ、全員投票により決し得る事項について格別の制限を設けていない点と、全員投票は全組合員の直接の意思の表明手段で、この見地よりは労組法第一〇条第二号にいわゆる組合員の総会の決議に準ずるものである点から考えると、控訴組合の規約上組合の解散は必らずしも代議員大会の専決事項とされているものではなく、全員投票によつても組合の解散を決議し得るものとせる趣旨であることを看取するに難くなく、またその実際の機能は別として、全員投票をもつて代議員大会の決議を前提とし、その前後においてこれを抑制する手段としてのみ全組合員の意思を問い得る制度として設けられたものであると制限的に解釈すべき確たる根拠も見出し得ない。もつとも成立に争のない疏明、証人<省略>の各証言を総合すると、全員投票の規定は、古く昭和二四年一二月一日実施の控訴組合規約当時から存在し、組合員に重大な影響ありと認められる場合に実施し、その効力は代議員大会の決議(後には組合に関する一切の事項に関しあらゆる決議)に優先するものとされていたが、未だかつて組合の解散についても実施し得るや否やについて問題が起きたことはなく、昭和二七年一月二五日から施行の旧規約から昭和三二年七月一日施行の現規約に改正されるに至つたのも、主として旧規定には全員投票実施のための手続規定が欠けていたためとして、全員投票制度を実際に活用し得るように新たに具体的な手続的規定を附加することにあつたものであり、従つて右改正の審議の過程においても、全員投票制度の性格や解散の是非を全員投票によつて問い得るか否かの点については格別の審議も討議もなされず、現規約の立案者ないし制定者はむしろ全員投票をもつて組合の存続を前提とし、代議員大会その他組合の機関構成者の意思が組合員多数の意思と遊離背反する場合に全組合員の意思を直接表明せしめ、これを組合機関の意思に優先せしめる趣旨の制度として理解し、全員投票による組合の解散というが如きことは予想していなかつたものと認められるけれども右の如き沿革、規約審議の過程ないし制定者の意思は控訴組合において全員投票の規定を運用する場合の指針となるは格別、現規約の趣旨自体の解釈上格別拘束力を持つものではなく、一旦成文化された規約は、明文に従つて合理的に解釈されねばならず、この観点に立つて現規約を解釈すると、規約五二条の規定の趣旨は前示の如く解するを相当と認める(因みに規約六三条に「代議員大会で四分の三以上の支持を得て」とある四分の三とは、規約四三条会議の条項に関する規定と対照して解釈すると、会議開催のため出席を要する代議員三分の二以上の四分の三の趣旨と解せられるから、規約五六条に定める全員投票の場合の定足数と実質的には差異がないものと認められる)。
そうすると控訴組合が解散の是非を全員投票に付議したこと自体については規約違反はないものといわなければならない。従つてまた、本件全員投票は解散について組合規約上決定権があり、この点から見ても労組法第一〇条第二号の対象たり得ることは明白といわねばならない。
ところで、本件解散に関する全員投票の賛成票数は七二八票であり、組合員総数一、一三三名の四分の三に達しないのみならず、有効投票数一、〇一二票の四分の三にも達しないことが明らかであるから、本件全員投票の結果は労組法第一〇条第二号所定の法定要件を充足するに足りず、従つて控訴組合解散の効力は生じないものと言わねばならない。
三、次に仮処分の必要性について判断する。
被控訴人等は控訴組合の組合員として、本案判決までに、控訴組合の本件全員投票による解散の無効なることを定め、代表清算人として選任された控訴人浜村保の職務執行の停止を求めるものであるところ、本件解散の無効であることは、控訴人等において極力これを争い、その有効性を主張していることは弁論の全趣旨により明白であるから、本案判決以前において仮処分により本件解散の効力を判定し、一応の規制を示すことの必要性は当然に認められる。また控訴人浜村においても、清算人として就任した以上は、その清算事務を遂行する職責があり、しかも同控訴人及び控訴組合において、いずれも本件解散が有効であることを極力主張している以上、控訴人浜村としても他に格別の支障なき限り、自己が適法な清算人であるものとして、その清算事務の実施に着手するであろうことは、極めて容易に推測せられるところであるから、本件解散が無効である以上、清算人選任も当然無効であり、清算事務の遂行は違法であるから、その進行を防止することは一般的に必要であり、そのためには代表清算人たる控訴人浜村に対し清算人としての職務執行を差止めることの必要は容易に肯定せられる。
のみならず原審における証人平岩松生、同小幡昌男の証言、被控訴人重田重光、控訴人浜村保各本人訊問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、控訴組合では昭和三八年八月一七日開票にかかる本件全員投票の結果控訴組合の解散が決定したとして、中央執行委員会役員が規約により清算人に就任し、控訴人浜村が代表清算人として同年八月二八日清算人会を開催し(但し清算人となるべき者のうち二名は解散の無効を主張して欠席)、右清算人において、「控訴組合につき速やかに解散登記をなすこと、組合財産たる組合会館については清算事務が一応結了してからその処分を決定するが、それまでの間は被控訴人らから使用申込のある三部屋を除き他の部分を閉鎖すること、控訴組合名義で銀行に預けてある特別斗争積立金等は整理がつき次第早急に各組合員に分配返還すること、組合書記は当分清算事務に従事させること」等の清算事務の大綱を決定したこと、そして右大綱に従い清算事務が執行されることになり、控訴人浜村ら清算人は、控訴組合の重要書類、印鑑等をすべて保管し、組合会館に施錠の上使用禁止の貼紙をなし、机その他若干の少額備品の売却をなしたこと、しかし解散登記については清算人たるべき者のうち一部の捺印を得られないためこれをなすことが出来ず、また解散に反対する被控訴人田中らが控訴組合が存続するものとして代表者名義の変更登記をしてしまつたため、積立金等の引出、返還をなすことが出来ず、清算事務は事実上停滞したままの状態に在ること、控訴組合の組合員は解散支持派(多数派)と反対派(少数派)に分たれ、支持派は新たな労働組合を結成し、反対派は「第一工業製薬労働組合を守る会」を組織していること、会社は本件解散決議により控訴組合が既に解散したとの見解の下に、控訴組合と会社との間の労働協約は失効した旨の主張をなし、支持派と反対派の両者について、これを失々別個の従業員団体として取扱い各個別に交渉をなしていること、以上の事実を認めることが出来る。
右認定の事実によれば、本件解散決議の結果、現実にはすでに控訴組合は清算状態に入り、労働組合としての本来の機能と活動を全面的に停止し、清算人が控訴組合の重要書類と印鑑をすべて保管し、清算事務の執行として組合所有の組合会館内の部屋の使用を制限し一部備品を売却する等の行為をなしている結果、控訴組合の組合員たる被控訴人らは、本来組合解散がなければ当然亨受しうべき控訴組合を通じての正当な団結行為と各種の組合活動を著しく妨げられていることは明らかであり、また控訴組合の清算事務は現在事実上停滞しているけれども、清算人会において既に前記の如き清算事務執行の大綱を決定している以上、いずれは右方針に従つて清算事務が続行される危険性も多分に存するわけであるから、清算の遂行による被控訴人らの組合員としての地位の不安定化、損失の増大化の虞は極めて見易いところである。そうすると、被控訴人らは控訴組合が清算状態に入り、清算事務が開始されたこと、及びこれが続行されることにより、組合員として著しい損害を被ることが明らかであるから、これを避けるため仮処分をなす必要性は具体的にも是認せられるものと言わねばならない。
尤も、控訴組合が清算状態に入つたとしても、被控訴人等は使用者たる会社に対する関係において直ちに既得の権益を失うものではなく、また控訴組合とは別個の労働者団体を結成して会社に対抗しうることは勿論であるけれども、そのために所属労働組合に対する関係で解散の効力の判定や清算活動の停止を求める利益を失う筈はなく、控訴組合が清算状態に在る以上、被控訴人らの控訴組合を通じての団結行為、組合活動が現に妨げられていることは前記のとおりであり、被控訴人らが解散なかりせば亨受しうる筈の控訴組合を通じての団結による利益や組合活動を殊更断念させられて、別個の新団体の結成による団結や組合活動のみを強制さるべきいわれはない。また控訴人らは、清算は組合員に帰属すべき財産を公正にその者に帰属せしめるものであるから、清算によつて個々の組合員に財産上の損害を生ぜしめる余地はない旨主張するが、本件清算は違法であり、しかも清算すべきでない時期に違法な清算を行うことは、その事自体組合員の利益を害するものであるのみならず、元来組合財産は、個々の組合員にとつて単なる金銭的分配返還の対象として意味があるものではなく、労働者団体たる組合自体の重要な活動手段に供される点に本来の意味を有するものであるから、組合が存続しているにも拘らず、組合財産の分配返還がなされることは、財産の利用価値自体についても個々の組合員に損失を与えることになることは言うまでもない。
また控訴人等は、本件清算による損害は著大でないと主張するけれども、違法な解散の効果を停止する必要は、財産処分の損害の大小のみでは決せられず、社団の分解による損害は容易に算定し難いのが通例であるから、本件損害の小なることを理由に、仮処分の必要性なしとする主張は失当である。
次に仮処分の内容につき、控訴人らは、「解散の効力停止」なる仮処分はその内容が不明確であり、且つ控訴組合の組合員の分裂は決定的なものであつて控訴組合はもはや虚名の存在に過ぎないから、解散決義の効力を停止しても無意味に帰する旨主張するが、「解散の効力停止」なる仮処分の実質は、控訴組合の解散が無効であることを確認宣言すると共に、控訴組合に対し解散に伴う清算その他諸種の行為を為すことが違法であることを了知せしめ、これらの行為を為すべからざる地位に在ることを仮に定めるものであり、その重点は何よりも、当事者の紛争の中核である解散の効力の本案前の判定にあり、爾余の事項は各当事者において右の基本的事項に関する判定に応じて然るべく対処すれば、紛争の早期裁定としての価値は充分に認められるから、右仮処分の内容が不明確であることを理由に、かかる仮処分を拒否することは出来ない。また「解散の効力停止」なる仮処分が行われたからとて、当然には控訴組合の正常な解散前の団結、活動状態が復活するものでないことは勿論であるけれども、本件当事者や他の組合員が本件仮処分の判定を知り、これに聴従することにより、自発的に控訴組合の適正な状態に復帰することは可能であり、又仮りに控訴組合の組合員の分裂が一応決定的であり解散反対派が少数にすぎないとしても、その反省並びに善後策の立案につき本件仮処分はその基準たり得るものとなるから、本件仮処分が組合員たる被控訴人らにとつて無意味であるとは到底言い得ない。更に、控訴人浜村に対し清算執行禁止の仮処分をなすべき必要があることは、既述したところにより明白である。
四、よつて本件仮処分申請は理由があり、これを認容した原判決は正当であるから、本件控訴はこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条を適用の上、主文のとおり判決する。(岡垣久晃 宮川種一郎 奥村正策)